
Mstislav Rostropovich (1927 ~ 2007)
最近死っていうものはそれほど悲しむべきものではなくて、それはただのエネルギーの移動であって、エネルギー形態が変化するだけっていう考え方が僕にとってしっくり来るようになった。肉体っていうハードが古くなったり壊れたりしても、そこにインストールされてたソフトウェアはエネルギー体としてそのままどこかに吸収されているに違いない。と僕は感じてます。この方の"Bach (JS): Cello Suites #1-6"は、知って以来ほぼ毎日聴いてました。Rostropovichさんのエネルギーも、Klockさんのエネルギーも、きっとどっかに吸収されて今も存在してる。RESPECT
Recently i feel like death is not something that make us feel sad or depressed, it's just one of a way of trasformation of energy. This idea makes me feel confortable when i think about it. When the hardware(body) gets old or maybe broken, the software(energy) will be absorbed to somewhere else. It must be like this. I've been listening his "Bach (JS): Cello Suites #1-6" almost everyday since i knew it. Respect.
Posted by aoki at April 28, 2007 8:35 PM | TrackBackいいですねその考え方。
感銘を受けました。
青木さんからRostropovich氏の映像と音の話を聞き、やっと先日CDとDVDを手にしたところでした。
発せられるパワーに負けないよう映像を鑑賞し、見終えた後は試合をした後のような気分になっていました。
その数日後この訃報を聞き、Rostropovich氏が逝かれる直前にあの作品に出会えた事を偶然とは思えない気持ちで感じています。
Rostropovich氏、Klock氏のエネルギーに出会えた事に感謝しています。
エレクト浪人 さん
コメントありがとうございました。
僕も色々本を読んだりしてこの考えを知りました。
今科学がどんどん精神世界の分野に足を踏み入れつつあるように思います。
tomoho君
コメントありがとう。今僕もちょうど上のコメント書いたところだったんでびっくりしました。2分違いでしたね。
DVDとCD気に入ってもらえて良かったです。僕も今も時々あのDVDを観て、そこに収録されてるエネルギーみたいなのを感じてます。
人間が行った行動っていうのはある意味エネルギーの残留物というか、オーディオデータや映像データにも何らかの形で必ずその人のエネルギーが収録されているように思います。生演奏だと特にそれを強く感じます。世界に存在する全ての人工物は、もしかしたら全部それに関わった人達のエネルギーが形を変えたものかもしれないですね。そう思うと、世界がまた違って見える気がします。
Rostropovichは、以前テレビかなんかで見たときに「うわやべぇ」と思ったのを鮮明に覚えてます。そうかぁ、死んじゃったのか。
しかし、エネルギーに変っているんだとしたら、巨大極まりないエネルギーですよね。きっと。ああそう考えると夢があるなぁー。
yamatoさん
コメントありがとうございます。
>エネルギーに変っているんだとしたら、
>巨大極まりないエネルギーですよね。
そう、それが宇宙を動かしてる気がするんです。
身の回りの物理法則も自然の営みも全部そのエネルギーだと思うんです。ただ僕たちの多くはその取り出し方を上手く理解してないのがもったいないなって思います。周りに溢れてるのに。人間って灯台下暗しな状況が多いですよね。過去の歴史を振り返っても、大きな大発見は大体身近な自然現象から出てるのに。
25日のSuper deluxeに出演なさるんですか?
Unit以来なので是非行きたいです。
natsumiさん
コメントありがとうございます。
25日はSuper deluxeでLIVEさせてもらえる事になりました。
是非来てくださいね。何しようかなー。